9 月 2 日に、虎ノ門ヒルズ ステーションアトリウムで開催された 156 回目の Hills Breakfast。
会場に足を運んだ約 4 割が初参加という新鮮な空気感の中、4 名の登壇者はそれぞれに個性が際立つプレゼンを届けました。
■荻野 幹人(Mikito Ogino)/東京大学大学院 総合文化研究科 特任研究員

【profile】
東京大学 特任研究員。一般社団法人WITH ALS脳科学技術アドバイザー。慶應義塾大学にて、脳波から思考を読み取るブレイン・コンピュータ・インタフェースの研究により、博士号を取得。全身の筋肉が動かなくなる難病ALS患者にとって最後の希望となる、脳波による意思伝達装置の開発を目指している。
脳波を読み取って意味付けする、最先端技術
学生時代から、「ブレイン・コンピュータ・インタフェース」という脳波から思考を読み取る技術の研究に取り組んでいる荻野さん。私たちの脳の中では電気が動いていて、それを電極で読み取って取得し、AIを用いて意味付けして感情、意思、状態を推定する最先端の技術です。荻野さんが学生時代に手掛けたものの1つが、「mico」というデバイス。装着して頭で考えるだけで、その時の気分に合った音楽が流れるユニークなアイテムです。また、脳波の動きからその人の興味関心を推測して、気になったものだけを写真に撮る「neurocam」というデバイスも製作しました。
一般的にこうした脳波計を用いたデバイスは、精度の低さ、選択の遅さ、脳波計の装着が困難という課題がありますが、荻野さんが開発しているものは、そうした課題を克服する性能を備えているのが特徴です。
体を動かせないALS患者の希望となるデバイスを
この技術を生かすフィールドとして、荻野さんが力を注いでいるのが、ALSという難病の患者に向けたデバイスの製作です。ALSとは、全身の筋肉が徐々に衰えていき、「はい」「いいえ」といった意思表示さえ、できなくなってしまう病気。
この病と闘いながら、ALSの啓発活動を続ける武藤将胤さんと出会い、いくつかのデバイスを生み出しました。その1つが、「BRAIN RAP」。脳波によってRAPの歌詞を生成し、それをラッパーがパフォーマンスして代弁するものです。また、分身ロボットを脳波で動かす「BRAIN ROBOT STORE」、飛翔型の「BRAINDR DRONE」といったデバイスも誕生しています。「1人のALS患者と1人の科学者が作る、新しい研究の形です」と荻野さん。ALS患者の未来を輝かしいものにするために、2人の前向きな挑戦は続きます。
■小野 茜(Akane Ono)/株式会社EAT UNIQUE 代表取締役

【profile】
ABC Cooking Studio への入社をきっかけに広報職へ。未経験から広報部の立ち上げに挑戦し、年間200媒体以上のメディア露出を実現。5年半の在籍を経て独立し、現在は多様な業界において広報活動を支援するほか、ひとり広報アカデミーでは200名以上の生徒をプロ広報に育てるべく指導中。
さまざまな社会経験を経て出会った、広報という仕事
現在、広報・PRを生業にしている小野さんですが、ここに至るまでには多種多様な経験を積んできたそうです。新卒で飛び込んだ飲食業界では、カフェに勤務。本場が見たくなってパリへ飛び、フランスの食文化を学んで帰国しました。その後は、ハイアットリージェンシーホテルで企業のパーティーのコーディネートをする仕事をしたり、飲食業界者向けのニュースメディアで編集業務を担ったり。次に入社したABC Cooking Studioで広報職についたのが、広報の仕事との出会いでした。
「女性が料理を習いに来る以外の、収益構造を作ること」とのミッションを課され、未婚の農家男子と料理女子をマッチングさせる婚活事業、都道府県の特産を海外のインフルエンサーに体験してもらうツアーの企画など、さまざまなアイデアを出して邁進してきたといいます。
1通のプレスリリースが、企業の未来を変えることがある
仕事をやめて旅に出た宮崎県で出会いがあり、そのまま宮崎に約3年間移住。広報や地域おこし協力隊の活動に取り組みました。それまで積み重ねた広報の経験を「本にまとめて出したい」とSNSでつぶやいたところ、編集者の目に留まり、『ひとり広報の戦略書』という著書を出版。現在は、「ひとり広報アカデミー」というスクールを立ち上げ、230名以上の生徒に、広報としてバリューを出すための知識、ノウハウ、経験について伝えています。
「プレスリリース1通で、その先の事業の大きさ、未来、行く先が変わっていくと思っている」と小野さん。中小企業に多い、たった1人だけで広報業務を担う、悩める「ひとり広報」の担当者たちを救う存在として、小野さんは奮闘を続けます。
■川原 隆邦(Takakuni Kawahara)/「蛭谷和紙継承者」「和紙作家」

【profile】
富山で材料栽培から一貫し全ての工程を手作業で行う手漉き和紙職人。産産地や伝統技法にとらわれないフリースタイル和紙作家でもある。大阪関西万博2025にて迎賓館のエントランスに展示されている作品は26日毎に作品が入れ替わり全国(7エリア)の素材や地区で制作した事で話題となる。
独自のスタイルで、かつてない和紙作りに挑戦
海岸で寄せては返す波の力を利用して、「波の形」を残した和紙、アイヌの伝統衣装と組み合わせた和紙、岡山で有名なデニムを入れ込んだ和紙……。13m×7mといった大型の和紙を手掛けることも。川原さんは、既存の手法や枠にとらわれない独自の和紙作りで注目を浴びる和紙職人です。
川原さんに和紙作りを教えてくれたのは、富山県に住んでいた当時85歳の師匠。20代の川原さんに、和紙の原料栽培から紙すきまで全てのことを教えてくれたといいます。大雪の時には屋根の雪下ろしも一緒に行うなど、「和紙だけでなく、生きることを教わった」と川原さん。材料栽培から一貫して、和紙を手作業でつくっている人は、日本ではもうほとんどいないといいます。
目指すは、和紙業界のスーパースター!
かつて、和紙の工房は日本に10万軒ほどあったそうですが、今では数百軒ほどに減少。伝統が廃れ、和紙作りだけで生きていくのは難しい時代なのです。だからこそ、変革が必要。川原さんは古くから受け継がれてきた和紙作りから、少し離れたスタイルを取るようになります。伝統工芸は特定の場所で作られ、その土地の伝統として残っていくものですが、川原さんは日本各地の独自文化とコラボレーションし、新しい和紙作りのスタイルを築こうとしています。
虎ノ門の交差点のところにある駅のアプローチには、ガラスの中に和紙を閉じ込めた川原さんの作品が用いられています。9月26日、27日、28日に六本木ヒルズで行われる「六本木アートナイト」にも作品を展示予定とのこと。「和紙業界でスーパースターになりたい」と語る川原さんの作品を見に出かけてみては。
■森岡 督行(Yoshiyuki Morioka)/森岡書店代表・文筆家

【profile】
1974 年山形県生まれ。著書に『荒野の古本屋』(小学館文庫)、『800 日間銀座一周』(文春文庫)など多数。2025年、ジョージア・オキーフ蔵書 岡倉天心『茶の本』を可視化する展示をseizan gallery NYで開催。選書業、アパレル商品開発なども行っている。
1冊の本だけをとことん売る、ユニークな書店
森岡さんが銀座で営む「森岡書店」は、一般的な書店とは一線を画した非常にユニークな書店です。店に置かれるのは、1タイトルだけ。1冊の本から始まるコミュニケーションを大切に、約1週間、その本に関連するイベントを実施するなどして、徹底的にその1タイトルを売るというコンセプトです。
なぜこのような他にないスタイルと取っているのか。それは、森岡さんの過去の経験が発端です。以前、茅場町で書店とギャラリーを運営していましたが、新刊の出版イベントを開催すると、その1冊のためだけに多くのお客さんが集まってくれることが数多くありました。「その1冊があれば、他の本はなくても成り立つのではないか」。森岡さんは、そう考えたといいます。
書店を超えた、本を介した体験や価値の創出
1冊の本にフォーカスし、まるで毎週が新装開店。そんな斬新な店舗運営は話題となり、メディアにも多く取り上げられ、海外の雑誌でもコンセプトと取り組みが紹介されたといいます。国内外から講演の依頼も多数。特に中国からの注目度が高く、「新しいアイデアはどのように導かれるのか?」「次のイノベーションはどこで起きるのか?」といった本質的なテーマを問われることもあるそうです。
高級ホテルやプライベートレジデンスの棚に置く本をセレクトしたり、ギャラリーや高級ブランドとコラボレーションしてキュレーションを手掛けたり。本にまつわる多様なオファーが増えているとのこと。この道、27年。「人と出会うことが、未来をつくると学んだ」と川原さん。枠にとらわれない、書店の形、本との関わり。これからさらにどう活躍の場を広げていくのか、目が離せません。
■クロストーク
プレゼンの後は、登壇者4名+MCが自由に語り合うクロストークの時間。アーカイブには残されないトークの様子を、ちょっとだけお届けします。
荻野さんから森岡さんへ、「他の本屋との差別化を図るのに、どんなモチベーションを持って取り組んでいるのですか?」と質問が。
それに対して、「人に喜んでもらいたいというのが一番。そのためには、自分が喜べなくてはいけないと思ってやっています。不安や失敗もありますが、だからこそ、その反面に期待や喜びがある。それがイノベーションにつながっていくのかも」と森岡さん。
また、MCが「1人で続けることの難しさ、楽しさ」について問うと、川原さんと小野さんから共通の回答が。
「チームはもちろん強いけれど、1人でも自分に芯さえあればできると思っています。遠くに行きたいならみんなで、速く行きたいなら1人で。時間は有限なので、1人で走ってみると意外とついてくる人もいる」と川原さん。
小野さんは、「速くて強い。それが“ひとり広報”の良さです。意思決定にあまり多くの人が関わらない方がいい。1人で取り組むことは責任が伴うけれど、いろんなことがめまぐるしく変わっていく世の中では、スピード感がとても大事。リスクを伴いながらも、速く進んでいくことに価値がある」と話します。
それぞれの活動の信念を深掘りする、クロストークの時間となりました。
次回の開催は、10月1日(水)朝8時より虎ノ門ヒルズステーションアトリウムにて。登壇者のプロフィールや申し込み方法などはこちらから。